Flocke’s diary

バツ2で3度目の結婚、子供も社会人になりホッとした途端に更年期突入? 心と身体の変化や3度の結婚生活について書います。

離婚

地元に戻って来て暫くの間は、元夫の車と同じナンバーを見ると心臓がドカドカ…。 何故なら、その後も連絡を取り合っていた友達の話によると、別れたくなかった◯◯の居場所知らない?実家の方に捜しに行こうかな…と言っていたそうで。 怖い怖い…

実家に帰り離婚した事を話すと、世間体を気にする父親は、住む所借りてやるから実家には夜以外来るなと言われた。 でも、本当に有難かった。

実家から2km程離れたところにアパートを借りてもらい(今は代理保証人や保証人不要が増えてきているが、当時は保証人が絶対不可欠だったので親や親戚は大事だった) 元夫の家に荷物が残っていたので家に電話を入れ仕事で居ない隙に母と2人で引っ越しセンターの車を手配し、夜じゃないけど夜逃げみたいにガラガラ荷物を積んで帰ってきた。

とにかく働かないと暮らしていけないので、給料の良い仕事、コンパニオンを始めた。

コンパニオンと言っても小柄な私にはホテルや温泉街の旅館などで行われるパーティーや宴会でウェイターや中居さんのお手伝いみたいな仕事。 でも、まだバブルの余韻が残っていたので2次会の延長などを受けてカラオケや食事等をし、帰りには1万円位のチップを貰っていたので暮らしていくのには余裕だった。

仕事は早いと20時、遅くても0時には終わるのでいつも同僚と飲みに行っていた。 何度も通ううちにそこの店長と親しくなり、信頼のおけるクラブを紹介してもらった。

とても真面目なママ、チーママだったお陰で、何も知らない私に生きていく上で必要な事を沢山教えてもらった。

長く続ける仕事では無いから服などは買う必要は無い。ママ達の使わない服着ていい。クリーニングもお店に出して構わない。

基本同伴、アフターは最低女の子2人で、特にアフターはママまたはチーママが女の子達を送った後お客さんと帰るのが決まりだったのでお客様と2人きりになる事もなく帰りやすかったです。

ママはよく、お酒の入る仕事は最後が肝心と言ってました。 確かに…

女の子達は色々な事情で働いていた。

彼と2人でお金を貯めて地元にお店を出すのが夢。

大学の授業料、家賃、仕送りだけではお金が足りなくてバイト。

母子家庭で生活が成り立たないから、託児所に預けて寝ている間に夜の仕事。

目的をもった、しっかりとした人でなければこの仕事は出来ないと思った。

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